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2016年9月16日 (金)

足尾銅山の町へ-8・・・足尾歴史館に行く 2016.9.2

朝も温泉に入ってのんびりしたかじか荘とも今日でお別れです。お世話になりました。
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朝9時の車で通洞駅まで送ってもらいました。
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この赤い実が気になりますが・・・?
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かじか荘のSさんに足尾歴史館に行きたいとお話しすると、近道を行くと楽だよと教えてもらいました。これなら坂道を上がらなくってすぐです。
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すぐ通洞駅です。この線路をまたいで進みます。
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わたらせ渓谷鐡道の線路はまっすぐ続いています。
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今日の目的地にすぐ着きました。
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ここは前回Mayumiさんに連れてきていただいたところです。今日は時間もたっぷりあるので学習します。外にはガソリンカーが走る線路ができていますが、今日は平日なので走っていません。第一土曜日のみ走るそうです。子ども達が喜びそうですね。
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理事長の長井さんが歴史館の案内をしてくださいました。
この写真は明治時代の有木坑口で立っている坑夫たちの写真です。明治時代からずっと足尾を撮り続けていた小野崎一徳氏の写真でお話を聞いています。この写真が発見されたことで足尾の様子が随分わかったそうです。貴重な写真集の中からの一枚です。
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備前楯山のまわりから掘って行ったという通洞坑や本山坑や小滝坑がどの辺にあるのか?、足尾の町の位置などがよくわかります。
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この模型をみてビックリしました。昨日の見学会で見てきたのがその中の一部だったのです。掛水倶楽部にすごい建築物があったのですね。これは資金繰りのために売却され足利市庁舎となっていたそうです。昭和50年ぐらいに壊されてしまって、今はないのが残念ですね。残っていたら目を見張るでしょうね。大きな煉瓦の書庫よりずっと大きいし、広そうです。
東京駅などを設計した辰野金吾氏によるものだそうです。上野博物館やニコライ堂を作ったジョサイヤ・コンドル氏の一番弟子が辰野金吾氏です。
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小田川全之(まさゆき)は第10代鉱長を務めた方で、「Safety First」という訳を「安全専一」と名付けた。足尾鉱毒問題にも取り組んだり、働く坑夫たちの安全運動にも力を注いだということが書いてあります。
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三養会という今の生協の始まりは足尾から生まれています。
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三養会の意味が書かれています。
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足尾は働く坑夫や家族の娯楽設備も充実していて、こんなすごい建物があって何でも見ることができたようですね。文化面でも最先端の足尾に驚くばかりです。
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昭和天皇の料理人を務めた人を指導した関塚喜平氏は足尾出身の料理人。古河総合ビルの食堂を委託されたり、宮内庁御用達を拝命されたそうです。「喜山」という料亭を開いたそうです。
現在、品川区にお孫さんがレストランを開いているようです。いつか機会があったら行ってみたいと思います。Mayumiさんが訪ねて行かれて、ローストビーフ丼や天皇に献上したというプリンがその当時のまま出されるそうです。楽しみです。
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他にも足尾を写生して大作を書いて個展を開いたり、足尾に関するほとんどの書籍を保存していたりと、足尾の歴史を掘り起こしている場所でもあります。長井理事長のたくみない説明を受けながら、賛助会員になって勉強する機会を増やそうと思いました。
ひとり占めの説明をありがとうございました。
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二階から下を見ると線路やガソリンカーの様子がわかるようですね。
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うまく説明できていないかもしれません。まだ入門編の知識もないぐらいなので、よくわからないことばかりです。お許しを!これから何回かチャンスを作って学んでいくつもりです。

そろそろお昼なので、お腹が空いてきました。今日はMayumiさんが「さんしょう家」さんにいらっしゃるので食べに行こうと思います。

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コメント

noharatugumi様、こんばんは。

真ん中の備前楯山で銅が採れるということで、何か所からも掘り当てて行ったようです。小滝坑、本山坑、通洞坑の三ヶ所が入口として始まり、縦横無尽に掘り進んでいったのでしょうか。備前楯山の内部は蟻の巣のようだと言われています。内部ではエレベーターやトロッコで能率アップしていたのでしょうね。その炭坑夫と家族ですから栃木県で第二の賑わいだったそうです。教育にも熱心だし、病院や生協システムと最先端の町のようですよ。

坑道はかなり広範囲にあったんですね。
坑夫さんたちの写真、当時が偲ばれます。
相当な賑いだったんでしょうね。

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